妊娠レポート
東京都42歳 鍼灸治療1年8か月 2016年7月妊娠 2017年3月報告
院長先生、副院長先生

いつもお世話になっております。
ご連絡が遅くなりまして申し訳ございませんでした。
先日最後まで鍼治療ができたことありがたく思います。

今までの不妊治療について、現在治療をしている方にお役にたてれば幸いです。

私の妊娠レポート
【これまでの経緯】
現時点での年齢は42歳 出産予定日は2017年4月11日予定 43歳で出産予定となります。
本日の段階で36週目に入りました。

・結婚をしたのは2009年に入籍(35歳)、2010年に挙式(36歳)をしました。
・2010年6月に過労によりメニエル病を発症。今でも気圧が下がったりすると首や頭痛がでてきて症状がでてきます。
・2011年(37歳)に子供を考えて、不妊治療を試みようとしましたが、ちょうど東日本大震災が発生しました。

私の実家が被災をしました。東北地方の方と比較をするものではございませんが私が一人娘であることと、

また、地震が発生した場合に不妊治療にかかるお金を実家に回すべきであるのでないかと主人と話しをし不妊治療を断念しました。

・2012年(38歳)の時に主人と再度話をしましたが、実家では地震が多いためまだすべきではないという結果になりこの年も断念をしました。
・2013年(39歳)再度主人と話し合いをし、当初は難色を示しておりましたが、自分の年齢もあること

また、両親も自分たちのことを考えてほしいということ言ってくれて、難色を示していた主人も了解し、不妊治療をスタートしました。

当初は不妊治療をすれば子供が授かるものであるという認識でしたが、その考えは甘いことがわかりました。

当時ですが、自宅からも通いやすいところを選びましたが、今のように病院数は少なかったことを覚えております。
また、病院によっては、体外受精をするよりはタイミング重視であったりするような病院もありましたので
年齢的なことを考えて、キネマアートクリニックへ通院を開始しました。

【キネマアートクリニックに決めた点】
・東邦大学の先生たちが分院として開業をしている点(東邦医大も不妊治療で名前を知っていたため)
・他の病院と比較をすると金額が良心的であったためここでは、ステップアップをしていくということをしていきました。

タイミング→人工授精→体外受精という通常の病院と同じであるかと思います。

不妊治療をしている知人(年上の方)なども他の病院からこちらに転院をし、妊娠をしていたりしたので自分で淡い期待がありましたが、全然だめでした。

こちらの病院の通院時期は2013年から2015年12月迄となりますが
人工授精も9回、体外受精も4回をしましたが、なかなか思うような結果がでない日々でした。

子供が授からないのに、仕事は多忙となり、2013年から2014年4月にかけて、大きなプロジェクトをまかされ、
仕事を優先としていたので、体外受精までに進むまでにかなり時間がかかりました。
このタイミングで自分が妊娠をしてもいいのかと悩み、残された後輩たちやメンバーを考えると踏ん切りがつかない悶々とした日々でした。

その状態だったため、仕事と不妊治療の間で悩み続け、残業も多く、治療をするために早退しなくてはいけない日々がつらくなりました。

不妊治療をするために病院への通院がいつになるか見えないため、会議や打ち合わせを
自分が知らない間に入れられてしまっている状態の中、病院との調整をしたり、リスケしてもらったり、
自分が不在になることを伝えたりなど、自分で首をしめてしまっている状態の中では授かるものを授からないだろうと、カミングアウトをしました。

本来であれば、カミングアウトはしなくてもいいものかと思います。
でも、自分のちっぽけなプライド(不妊治療をしていることを知られたくない)はかなぐり捨てることに決め
上司、プロジェクトメンバー、同僚、後輩に伝えたところ、忙しいはずなのにみんなが協力をしてくれたことで、
自分が悩んでいたことがやはりちっぽけなことであったんだと思いました。

この頃ですが、髪の毛が大量に抜けたり、血圧が急激にあがり、上が204、下が140まであがりつづけるということが
起こり、不妊治療よりも、血圧を下げることが優先であると医師から言われました。

内科にも通院を開始をしましたが、血圧があがり続ける理由が分からずじまいでした。
医師の診断はストレスによる交感神経と副交感神経上手に切替ができていないため交感神経の興奮状態がずっと続いているためという診断でした。

本来であれば薬を飲むことで下げることができるが、不妊治療をしているのであれば薬を飲むことであきらめてもらうしかないといわれ、
自分の中で薬を飲まずに血圧を下げることを選択しました。
減塩療法、民間療法をすることで血圧が下がったため、内科受診を継続しながら、不妊治療を継続しました。

・2014年3月、知人(年上の方)から、いろいろ教えていただき、

都内の不妊治療専門鍼灸院に通院をしました。
ここで言われたことは「この体では子供を授かることは難しい」とはっきりと言われたとことです。

ショック過ぎて頭の中が真っ白になりました。

ここから片っ端からネットの情報を信じはじめ、実践をするという日々です。(2015年12月まで)

【やっていた一例】
・口コミ情報を信じ、サプリメントを多用した。
・不妊治療のためのエステ通い(リンパマッサージから、インディバ、yosa、コルギ)ありとあらゆるいいというものをやり始める
・漢方を飲み始める
・2014年6月にプロジェクトが終了し、異動(部内の業務替)多少は楽になったのかと思ったのもつかの間、

その部門で新規プロジェクトが3つも重なり、自分がそのプロジェクトをするために異動になったことを気が付きました。

ここのプロジェクトは時短のママさんと一緒にやってましたが、私がほぼメインでしたので、かなり多忙でした。

・2014年11月 鍼灸院を転院。現、丞心堂鍼灸院で鍼治療開始。
・2015年3月 同じ病院に同じ部署の子も通院していたことがわかり、その後妊娠をしたことが判明しました。
その子と私とでは雇用形態が違うため、仕方がないと思ってましたが、やはりなんで自分にはできないのだろうと悲しくなる日々でした。

・2015年10月に3回目の体外受精にて、反応がありましたがやはりだめでほぼあきらめ状態でした。
その中で一緒にやっていた時短の人が実は第二子懐妊をしていたこと伝えられその人から「ごめん」と言われたときに

「おめでとう」と言葉で言っても涙が出てしまったことを覚えております。

新しい部署へ異動をした時にもまさかのプロジェクト稼働をしていたためカミングアウトをしていたので
彼女自身私の立場を知ってました。その中で私が子供がほしいのにできない状態であることを知っていてできてしまったために出てきた言葉であるので、
彼女は悪くないのも知っておりますが、自分がどうしても仕事を優先していることへの後悔と、
ごめんと言わせてしまった自分がなさけなく大泣きをしたことを覚えております。

同僚たちは、私が一番つらい立場であり慰められ、シングルの女性からは私がかわいそうと言われ、
何が何だかわからない状態でした。でも、最終的には子供は授かりものであり、
彼女には神様が授けてくれたもので私にはまだまだだよと言われているだけだから、
彼女を責めないでほしいと彼女の立場がつらくなるようなことにならないでほしいと周りに話をしました。

この頃はほぼあきらめが入り、里親や特別養子縁組などを調べておりました。

・2015年12月に4回目の体外受精をしました。この時に採卵をしたのですが

大量出血をしました。採卵をしたけれど結局は成長せずに終わりました。
この時の出血がトラウマとなり、もう治療はしたくないという思いが強くなり始めました。

その時に丞心堂鍼灸院の副院長先生から、新しくできたクリニックドゥランジュへの転院をすすめていただきました。

主人と話しをし、ラストチャンスとして転院を決め、まずは病院説明会に参加をしました。
こちらの病院は加藤レディースクリック系列であり、新宿ARTの院長先生が独立した方でした
(新橋夢クリニック立ち上げもしていたらしいです)
説明会に参加をして目から鱗のことが多く、今まで通院をしていた治療とは全然違うものでした。

病院説明会の時には採卵をする際の器具も実際触らせていただき、説明を聞きました。
説明の内容に納得をし、まずはメールにて今までの経過を記載をし、送ったところ
翌月に一度来てくれと言われ、通院を開始しました。

【転院の理由】
・40代の方が多い点(説明会で隣に座った方が、すでに通院をしていておっしゃっていました)
・採卵等の器具を実際見せてくれた点
・40代の排卵の数が2.3個であり、前月の卵の残りにて採卵をしても意味がないとはっきりいっていた点
・金額等明確であった点(加藤レディースクリニックよりは金額が高めですが、自信があるように思えました)
・年中無休である点
・先生が一人である点
・培養士が培養室長をされていた方で、培養士としての腕というものが、件数が多くないと難しいという話を聞いた点
・自宅/会社から近い点(前の病院は勤務先から遠かった点、また会社制度が変わり中抜けができるようになり、いったん抜けても会社に戻れる点)
・デポジットであるため、診察当日にお金を持参しなくてもいい点(加藤系列ですと現金払いが原則ですが、ここは前払いのため、当日にあたふたしなくていい点)
・サプリメントは一切やめるように強く言われた点(妊娠はサプリメントを飲まなくてもできるものであり、力強いものである。

そういうものに頼らなくてもできるし、ましてや私が飲んでいたものは、サプリを売りたいためであるためやめなさいと怒られました)

・2016年1月 クリニックドゥランジェに通院

主人の検査と私の検査、今までの経過をお伝えしまた。私の場合遺残卵胞のためにこれでは妊娠はできないとはっきり言われました。

40代の場合、卵は2.3個であるのに私は6個もあり、大きく成長している卵を採卵しても
これは前月の生理で本来消えるべき卵が残っているもののため移植しても受精はしないとはっきり言われました。

まずは、最短2か月、最長半年は治療をストップをし、残っている卵を消して正常に戻す治療をすることから始めました。

丁度このことは業務ではプロジェクトの最盛期を迎えいていたため、逆に安堵したことを覚えております。

神様が与えてくれた休みなんだと思い、仕事に集中をしました。

・2016年6月遺残卵胞が消えたので採卵

ちなみにこちらの採卵は麻酔なしですが、器具が特注のため細く痛みはありませんでした
当初は6月に移植を考えておりましたが、若干規定よりも小さいためどうしますか?と確認がありました。
妊娠できなくはないけれども、判断はおまかせしますと言われたが驚きました。
前の病院ではこのようなことがございませんでした。今回は見送るとしました。

・2016年7月末 採卵→移植

妊娠反応が初めてでました。妊娠継続をするためにのみ薬を服用しましたが
この飲み薬が時間が決められており、飲むのが大変でした。8月末までは同病院にて通院をし、無事卒業を迎えました。
移植の日ですが、卵がどこまで育ったのかを確認をしてから午後移植となります。朝待合室でお会いをした方で移植をしたのは私一人でした。

こちらの病院は移植をするにもきちんと説明をして今回はどうするのかをはっきりいってくれる病院だと思いました。


【心がけたこと・やったこと】
【転院をしてからも続けたもの】
・足湯
・こんにゃく温湿布
・ヨガ
・インディバ
・コルギ
・yosa(よもぎ蒸し)
・湯船に浸かる
・飲み物は常温

重要なことは「何々しなければならない」という考えは止めるということにしました。
人は人であり、慌てることはないという思い込みも必要です。

以前やっていたものからかなり少なくなり、あんなにお金をかけてやっていたものが少なくなりました。
不妊治療はなかなかゴールが見えないものです。私達夫婦も模索した日々でした。
不妊治療をすることで、離婚をするご夫婦もおりますし、私が前に通院をしていた病院が悪いわけではありません。
( 同い年の方は転院をして私が以前通院をしていた病院にて妊娠をし、3月に出産予定となります。)

私から離婚を切り出したこもございます。周りから怒られましたが、当時は追い込まれていたんだなと振り返ると思います。

主人とは転院して1年で結果がでなければ、その時はやめようと、二人の人生を歩んでいこうと話をしました。

本来でしたら、ここで終わりになるかと思いますが、私の年齢を拝見した方が「もしかたら」と期待をされるかと思います。
妊娠をしたことが終わりでなく、ここからも高齢出産のため、いろいろある点をお伝えできればと思いました。
(妊娠=終了ではないことをしみじみと実感しましたので)

 1.40代での妊婦の場合には「ハイリスク妊婦」と診断されますので、病院は総合病院もしくは大学病院も進められます。

この場合、病院の受け入れ制限があることが多いのと病院によっては治療内容がまちまちですので
厳しいとこともあれば、そうでないところもあります。また、思い描いていたバースプラン等は通用しないことがございますし
通常の産院と比較するとかなり入院費用が高額になります。

 2.妊娠後期になると血圧が上昇します。ハイリスク妊婦の場合「高血圧合併症妊娠」になりえます。

高血圧になる理由としては「高血糖症」というものがございますが、高血糖妊娠のガイドラインが厚生省でも確立されているものではなく

病院の考え方により、対応がまちまちです。(講演会にて医師が話をしておりました
空腹時:血糖が100以下なら問題ない,食後2時間後:120以下なら問題ない
※ただし60以下の場合には低血糖となるので、血糖調整が必要となります。私の場合、持病の高血圧ですが高血糖ではなく低血糖でした。

 3. 2の場合管理入院をすることがあります(実際私も管理入院をしました)

血圧を安定し、血糖を安定させることが必要ですが、私は軽症でしたので制限はありませんでしたが、
重症の方の場合には血糖安定はかなり厳しい制限をしていました。

 4.妊娠をしたとしても、ハイリスク妊婦の場合には子供が成長できないことや、仮に出産をしたとしても命がもたないという説明されます。

 5.羊水検査等を4か月目にしますが、クアトロ検査→羊水検査の流れになるかと思いますが

これはカットオフ値によるものなので、高齢の場合には数値が悪くなります。

羊水検査をして、仮に悪いことを言われた場合に残りの妊娠期間で精神的にバラウンスを崩されることもありますので
ご夫婦でよく考えたほうがいいいと思います。私の場合にはどんな子であっても私たちを選んでくれたのだから
すべてを受け入れるということ話をし、羊水検査はしませんでした。

もし、40歳以上の方の場合には上記のようなこともございますので、念のためお伝えしました。
長い不妊治療でしたが、妊娠をした時にやはり、いろいろな気持ちを経験したことで
私の周りに不妊治療をしている人もいるため「やったー」とは周りを考えると、むやみにできませんでした。
(自宅では家族で喜んでましたし、幸せな気持ちです。)


【最後に】
会社の同僚もカミングアウトとして不妊治療をするために休職をしている人もでてきてますし、不妊治療をやめて、仕事に没頭した人もいます。

今回治療を通して、私達は子供が授かりましたが、年齢も考えると健康が第一です。
子供が30歳になる時70歳近くなります。
そういうことも考えることが必要になるのが、40代の妊活であるかなと思います。
私のお話が少しでもお役に立てればと思います。私のお話が少しでもお役に立てればと思います。

他の妊娠レポートは院内にてご覧いただけます。