妊娠レポート
東京都38歳 鍼灸治療2年2か月 2016年8月妊娠 2016年11月報告
 結婚して2年たっても子供が出来なかったので、不妊治療クリニックに行きました。35歳の時でした。結果、AMH0.1未満。卵巣年齢はもはや不明。

 早期閉経と診断され、卵子提供を受けるか、卵巣を摘出して原始卵胞を培養する方法しか子供は望めないとのことでした。私にとっては、どちらも現実的ではない話で、金銭的な面も含め、深い絶望を味わいました。

 思い返せば20代後半から、生理の周期が異常に短いことを不思議に思っていました。しかし当時は忙しく働いていたこともあり、体の調子が少し狂っているのかな程度にしか思っていませんでした。

 そのため、結婚後は体をいたわろうと仕事も辞めていました。

 残っている卵子の数が少ないため、ホルモンバランスが崩れ、そのため余計に脳からの指令で排卵を促していたため、生理周期が異常に短かったようです。

 初めて知る現実に悲しみはありましたが、とにかくできることをと、初めから体外授精の治療をスタート。主人の精子の運動率も悪いことが分かり、顕微授精となりました。

 漢方や病院から処方されたビタミンの薬、DHEAをはじめとするサプリも服用し挑みましたが、採卵することすら厳しい日々でした。まず、ホルモンバランスが整いません。

 高刺激でも結果は振るわないという見解だったため、低刺激での採卵でしたが、リセットに次ぐリセット。

 やっと採卵までこぎつけたかと思っても、空砲、分割停止・・・と、治療といっても治すものではなく、運よく良い卵が出来るときを待つだけという日々。

 リセットするたびに何カ月も過ぎる現実に、希望がなく、苦しい日々を過ごしました。

 そこでやっと、前々から友人に勧められていた丞心堂鍼灸院に行くことを決意。貯金がどんどん減っていく中だったので本当に悩みましたが、出来ることはなんでもやろうと、体を整えることに挑戦していきました。

 冷え性、慢性的な腰痛・・・自分の体が、いかに血流が悪く、おなかも子宮もペッタンコだったのかを改めて認識。

 すぐに結果が出るわけではありませんでしたが、週一回の鍼治療と自宅では、教えて頂いたこんにゃく温湿布や足湯、夜寝るときには湯たんぽで足元やお腹を温めることを続けました。

 (採卵前にはゴボウ半断食も。枇杷の葉温灸は、挫折しました)月日を重ねるにつれて、少しずつ、体が整ってきていることを感じました。

 何より、これを続けていけば、いつか必ず良い卵を作ることができる、と「前進している」感じを持ちながら治療を続けられたことが大きかったと思います。

 また、不妊治療クリニックは淡々と治療を進めるだけで、日常的に話を聞いてもらえることはないけれど、丞心堂鍼灸院では毎週体を見てもらいながら、時には不安な気持ちを吐露し、

 「だんだん体が変わってきましたら、絶対大丈夫ですよ」と言ってもらえることで、希望を持ち続けられたことは大変ありがたかったです。

 結局、一年半以上かけて6回採卵し、5つの凍結卵がたまったところで、移植に踏み切りました。2回に分け4つ移植しましたが、いずれも全く着床の兆候が出ませんでした。

 そして最後には「最近さまざまなデータを検証しなおしましたが、やはりあなたのこの数値で妊娠に至ったケースはありません」と、3回目の「子供はできません宣言」をされ、転院を決めました。

 新しいクリニックでは基本的に薬は使わず、自然排卵での採卵です。今まで飲んでいたサプリが余計に体のリズムを崩していたといわれ、一切の薬・サプリをやめました。

 私のようにそもそも排卵機能が落ちていても自然周期で採卵出来るのか不安でしたが、2年間に亘って鍼治療や足湯などで体を作ってきたことが功を奏したのか、2つの卵がとれ、そのどちらも無事に授精。

 ランクも良い状態で凍結することが出来ました。

 その後、子宮の中に水がたまっていることが分かり、卵管造営検査をしたところ、激痛。案の定、卵管が詰まっていて、卵巣水腫と診断されました。

 いくら移植しても全く着床出来なかった訳がやっと分かりました。

 急きょ、腹腔鏡での手術を受けることとなり、多少戸惑いましたが、良い先生にも恵まれ、無事に大成功で終えることが出来ました。

 思いのほか癒着具合が悪くなかったので、卵管を通す手術で済みました。手術の際の卵巣の写真を見ましたが、ほとんどが白くなっていて、機能していない状況が良く分かりました。

 本当に、排卵機能が残っているぎりぎりのところでした。手術後、先生から「きれいに治ったから、自然妊娠も出来るよ。凍結卵が2つだから、3人産めるよ」と激励されました。

 3度、「子供はできません宣言」をされた自分が、「自然妊娠も望める」との言葉は本当にうれしいものでした。

 その後、なかなか内膜が厚くならなかったりもしましたが、週一回の鍼治療と一日最低2回の足湯を続け、血流を促し、ホルモン補充周期で移植し、それが無事に着床。途中、流産しやすくなっているので絶対安静と言い渡されましたが、最終的には出血することもなく、現在妊娠5カ月の安定期に入っています。

 とくに最初の2年間は、仕事もしていない平日の昼間、外を歩けば妊婦さんや小さいお子さんを連れた人ばかりが目につき、自分の体のことを思うと希望が持てず、すべてに苦しみを感じていました。

 その後、ご縁があり、女性の活躍を応援してくれる会社で、アルバイトでしたが仕事を始め、不妊治療をしていることも公表し、治療のあるときは気持ちよく送り出してもらえる環境になり、

 また、不妊のことだけが頭を占める日々ではなく、仕事がよい気分転換になり、自分の人生を客観的にみられるようになりました。

 その中で、子供が出来ても出来なくても、夫と仲良く、楽しく人生を送っていくことを決意し、その上で、治療も体作りもやれるだけのことはやり続けようと腹を決め挑み続けることができました。

 最後の移植の時は、どこか、今回はきっと上手くいく、という確信をもって、臨んでいました。

 絶対安静から、そろそろ動いても良いかと医者に聞いたところ「あなたね、AMH0.05で、これがほんとにラストチャンスなんだよ!妊娠にもっと集中しなさい!」と怒られました。

 子供が出来ることは、普通でさえも奇跡の連続だといわれますが、私の体で子供が出来たこと自体が本当に奇跡だったんだと、実感させられる言葉でした。

 出産するまで、また無事に大きく育ってくれるまで、安心することはないのかもしれませんが、不妊で悩んだ分、苦しんだ分、人生が豊かになるのだと心から思います。

 今後も、前を向いてすべてのことを乗り越えていきたいと思います。

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